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2006年3月の2件の記事

2006/03/31

The Internet

ご存じだろうか。この世界の正式名称を。

94年当時、私は中学生だった。まだMosicがNCSAから大々的に世に送り出されたばかりの頃。誰もインターネットに興味は無かった。誰もパソコンなんて興味が無かった。

そんなインターネット普及期初めに創刊されたのが、インターネットマガジンである。いまでも当時のインターネットマガジンを覚えている。WEB自体が物珍しいなかで、よくもあれだけの情報量を提供できたものだ。そんなかの月刊誌も通巻136号でその歴史にピリオドを打つ。

リンク: Yahoo!ニュース - impress Watch - 「インターネットマガジン」が休刊、Webを主体としたクロスメディア展開へ.

明日は私の人生を決定づけたと言っても良いこの雑誌を、6年振りに買いに行こう。いまでもあのネットマップは付録に付いてるのだろうか。2000年辺りには、紙面が真っ黒になるくらい、ISPが増え、LINEが引かれていたために、CDでの提供になった。あの当時は、猫も杓子もインターネット。ISPの群雄割拠であったために、そのような状態であったが、その後ITバブルの崩壊と共に弱小ISPは淘汰された。もしかすると現在のISP相関図は、6年前よりもシンプルになっているかもしれない。非常に楽しみである。

なぜ買わなくなったかというと、大学の方が楽しくなったからだ。今思えば、技術レベル、知識レベルの向上はあそこで伸び率を失っていた。しかし、それでも通信技術の素地を作るきっかけは、パソコン通信であり、インターネットであったのは事実。そうでなければ、デジタル1種なんて取らなかっただろう。完全に自己満足だった。大学入学に使える資格でもなく、通信設備会社への応募では書類オチ。この資格が活かせる職場に行きたい。今でも思う。大学入試で使った初級シスアドなんかよりずっと難しい試験なのにね。やっぱり、遊びたくて文系に行ったのは間違いだったか?(んなこたぁない

あの大学に行って良かった。そう思って卒業できた事はとても幸せ。技術なんて必要になれば直ぐに得られると思ったからこそ、文系を選んだのだ。そして、その選択は間違っていなかった。そう断言できる。

だから、きっと、今の仕事、会社を選んだ事も間違ってはいない。いまは自分のポテンシャルを引き出すための訓練をしているだけだ。自分に求められている役割とポテンシャルのバランスが崩れた時、それが職という名の坂道を転がる時だろう。それは上り坂が下り坂に変わっただけ。そう、山の頂上を越えた時のように。。。。

久しぶりに連想ゲーム的な日記を書いたぞ♪(人はそれを支離滅裂と言う)

2006/03/08

なんつーか

ドンマイ。

放置してたけど、これ読んだらトラバしたくなったよ。

ドンマイ24歳。来週にゃおいらも24だな。。。

眞鍋かをりのココだけの話 powered by ココログ: 眠れる森の○○

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